LIFE SHIFT

三十歳の原点~LIFE SHIFT~

社会人大学院生の日記。新たな働き方を模索中。

公務員退職しようかな…と悩み始めたら読むべきオススメ書籍5選(入門編)

公務員になったはいいけれど、なんだか毎日もやもやした気持ちで働いている。仕事がつまらない、人間関係に疲れた、私生活とのバランスがうまくとれない、こんなはずじゃなかったと感じる・・・

かといって、退職を決断するほど心が決まっていないし、次に何をするかも決まっていない。ただ不安と不満だけが押し寄せてきて、この気持ちをどう整理すればいいのかわからない・・・

そんな公務員退職に悩む方々に、オススメの書籍(入門編)を5冊厳選しました。

1.おとなの進路教室(山田ズーニー

おとなの進路教室。 (河出文庫)

「ほぼ日」人気コラム「おとなの小論文教室。」から生まれた本。働くことをテーマに、さまざまな角度から進路や生き方、アイデンテイテイなどを考える1冊です。

2.未来の働き方を考えよう(ちきりん)

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

いわずと知れた大ベストセラー。「第3章 新しい働き方を模索する若者たち」では、公務員や大企業で働くことに合理性がなくなってきている、と指摘しています。時代の変化を前向きに受けとめ、新しい時代の可能性を楽しむヒントがたくさん込められています。

3.公務員、辞めたらどうする?(山本直治)

公務員、辞めたらどうする? (PHP新書)

文科省(キャリア)退職後、人材スカウト業に従事した自らの体験をもとに、多くの転職知識や事例を紹介しています。

4.ニートの歩き方(pha)

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

会社を辞めても、仕事をしなくても、お金がなくても、幸せに生きることができる。社会のルールにうまく適応できずしんどい思いをしている人に、ぜひ読んでほしい一冊です。

5.僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?(小暮太一)

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

働くことは、どうしてこんなにしんどいのか。ラットレースから抜け出すために、どんな働き方を選択すべきか。考えるヒントを与えてくれます。

 

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困難を克服し続ける旅

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先週から、北欧・バルト三国を旅している。

3回目の海外ひとり旅ともなると、いろいろ旅慣れてきて、どこへ行くにもあまり困難を感じなくなった。相変わらず英語には自信がないけど、最低限必要なことはどうにか伝わるものだ。

私にとって海外ひとり旅の醍醐味は、困難にチャレンジすることだった。見知らぬ土地で何かあっても自分一人で対処しなければならないという緊張感と、遠いところにはるばる来たという達成感、自分の常識と違うことに出会える期待感のなかで、困難に感じられることを1つ1つクリアしていくことが楽しかった。子どもの頃には日常にあふれていたはずのそういう刺激的な体験が、大人になって少なくなったように思われたけれど、2年前に初めて海外一人旅をしてから、文字通り童心に帰ったように旅に夢中になった。

それが、3回目の旅で少し変わってきたのを感じている。これまでのように、行って帰ってくるだけでは満足できなくなっている。もう一歩、現地の日常に踏み込みたい。そんな思いに駆られて、少し戸惑っている。

初めての海外一人旅は、緊張しっぱなしだった

思い返せば、初めての海外一人旅・ロンドンでは、想定されるすべてのことが不安だった。航空券やホテルをちゃんと手配できているのか、入国審査やホテルや機内で英語が通じるのか、スリやテロなどの犯罪に巻き込まれないか。とにかく警戒心むき出しで、ガチガチに緊張していた。出発の数日前から気が滅入るほどだった。それでも、この恐れを克服しなければ、これから生きていく世界がどんどん狭いものになってしまうという危機感があった。無事日本に帰国したとき、大きな開放感と充実感に満たされて、大げさにも「生きる喜び」のようなもので胸がいっぱいになったのを覚えている。旅の途中で、次はどこに行こうかと思いめぐらすほどだった。

2回目は、少し自信がついた

2回目はその1年後、チェコポーランドへ飛んだ。ロンドンでは自信がなくてできなかったこと、次に克服すべき困難をリストアップして、ひとつずつチャレンジしていった。人生で絶対にやりたいと思っていた①プラハでオペラを観ること、②アウシュビッツ収容所へ行くこと等々を達成して、さらに自信がついた。ロンドンの時とは違って、少しの緊張と程よいリラックス感で旅を楽しむことができた。

3回目で、少し物足りなくなってきた

そして今回、3回目の旅は、北欧フィンランドに降り立ち、バルト海を船で縦断して、エストニアラトビアリトアニアを巡っている。普通に旅をするだけなら、困難なこともはもうなくなって、国内旅行とあまり変わらない感じでのんびり日々をすごしている。自信がついたともいえるけれど、一方でそれは物足りなさでもある。

そんななか、唯一この旅で感じた困難は、もう一歩踏み込んだコミュニケーションがとりたい、ということだった。これまでは、最低限必要なことが伝わればそれでいい、独りよがりでも安全に旅することの方が大事だ、そう思ってコミュニケーションのことは後回しにしてきた。しかし今回は、本当にいろんな出会いがあった。船で隣同士になって席を譲ってあげた家族連れ、フレンドリーにいろんな話をしてくれたホテルスタッフやカフェの店員さん、1日に何度もすれ違って笑顔を交わし合ったバックパッカー。自分にもっと英語力があれば、と思う場面が本当にたくさんあった。これはたぶん、旅に余裕が出てきたからだろう。観光地を巡るのも楽しいし、食べたことのない料理を食べるのも楽しいけれど、自分ひとりで満足する旅から、人と触れ合い現地の日常を知る旅へと、興味の対象が変わってきたのを強く感じている。

 

この思いは、今までのような一時的な海外旅行では果たせないものだ。日本ですごす日常の中で、ただひたすらに英語力を磨いていくしかないことだ。今はただ、この悶々とした思いを持ち続けて、それを具体的な行動に変えていくことしかできない。次に私がやるべきことは、海外ではなくて日本での日常のなかにある。次に海外ひとり旅に出るときは、どれだけ力がついたか試す旅になるのだろう。そんなことを思いながら、日本への帰路についている。

 

※写真はリトアニア・シャウレイの十字架の丘

女は後半からがおもしろい

女性の働き方について、東大出身の元官僚(坂東眞理子氏)と社会学者(上野千鶴子氏)がそれぞれの立場で語る対談集。

女は後半からがおもしろい (集英社文庫)

失礼ながら、元キャリア官僚の坂東氏の話は、大昔の話だろうと思いながら読み進めていったところ、今も昔も公務員の世界はそれほど変わっていないことを実感。

(坂東)公務員というのは、「世のため人のための仕事であって、なおかつ自分もおもしろい」というような、本当にハッピーに思える仕事が三分の一あるとしたら、他の三分の一は「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだ」と悩み、甘受しなければならない部分。そして「まあ、可もなく不可もなく」の思いになれるのが三分の一ですよ。(中略)だから、逆にモチベーションが高く持てないようなときには、あまり負けが込まないように。(中略)周りを敵に回して心をぐちゃぐちゃにしないで、おとなしく、喧嘩しないで黙々と耐え抜く精神的な強さが大事。(pp.76)

これは本当に正直な意見で、今も昔も変わらないんだなぁと実感する。

男性優位の職場で女ひとり奮闘しなければならない孤独とか、仕事の2/3が「おもしろい」と思えないけれど、それを毎日・何十年と耐え抜くのが公務員の仕事なんだ、とか。半世紀以上変わらなかったこういう性質が、今後40~50年の間に本質的に変わるとはとても思えない。だからこそ、これから公務員を目指す人には、良くも悪くも「公務員の働き方」がイメージできる一冊として読んでみてほしい*1

(上野)以前、坂東さんに「女性の働き方について、どんなアドバイスをなさいますか」とお聞きしたら、「仕事を手放さずに、仕事にコミットしなくてもいいから、マイペースで続けなさい」とおっしゃったでしょう。これまで、私も同じことを言ってきたんです。たとえば就職した教え子たちが転職したいとか、フリーになりたいとか言ってきたとき、いつも必ず反対してきました。どんな職場でもおまんまの種なんだから、定職・定収入がある方がずっといい。そこから放り出されたら、荒野に一人で立つのと同じ。荒野でファイティングを続けられる能力と覚悟のない人はやらない方がいい、と。(pp.86)

私が見てきた公務員の多くは、まさにこの「仕事にコミットしなくていいからおまんまの種として続ける」という精神で働いているひとたちだった。少なくとも、私にはそう見えた。

「仕事にコミットしなくていい」ということを受け入れられるか?どの程度までなら甘受できるか?そこが分かれ道だ。それを受け入れられなかった私は、退職を選んだ。

「荒野でファイティングを続けられる能力と覚悟のない人はやらない方がいい」という言葉の重みも、今は実感としてよくわかる。それでもなお、コミットできないような仕事に人生の貴重な時間を浪費するほど愚かなことはないと思っている。

自分の人生を生きることは、そもそも荒野に立つことから始まると思うから。

*1:もちろん、成功例の中でもトップクラスの成功例であることを念頭に置いた上で。

還暦の誕生日は美しいグレイヘアで

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女30代。このところ、めっきり白髪が増えてきた。

いつか自分も、と思ってはいたけれど、想定よりちょっと早すぎる。美容院で染めてもらうほどじゃないけど、たまに見つけて抜くのでは追いつかないレベル。そんなわけで、早くもちょこちょこ白髪染めにトライしている。自宅で一人で染めてみるのだが、これがなかなか骨の折れる作業。そうか、年をとるって、こうして機能が衰えてくる自分の身体に手間暇かけるってことなんだな、と少しずつ加齢を噛みしめる今日このごろ。

 

私には60歳になったらやろうと決めていることがある。それは、美しく白髪デビューすることである。

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あえて白髪染めをせず、白髪でも銀髪でもグレイヘアでもグラニースタイルでも呼称は何でもいいけれど、とにかく白髪をベースとしたヘアスタイルに60歳をきっかけに一新したい。

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憧れの例はたくさんある。

でも、加齢に身をゆだねて衰えていくだけでは、どうやらそのスタイルにはなれないらしい、ということが最近少しずつわかってきた。

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美しい白髪の人はきまって、髪も肌も艶やかだ。髪にはふんわりした十分なボリュームがあり、決して伸ばし放題ではない。服装も、髪の色によく合ったカラーをかっこよく着こなして、口元には明るい色のルージュを引く。立ち姿は背筋がピンと伸びていて、歩くときは風を切るように颯爽としている。まさに、小股が切れ上がった女性というイメージ。

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たぶん、白髪が素敵に似合う女性は、若い時から素敵だったに違いない。若い時にグレイヘアにしてたって、たぶんとびきりかっこよく似合っていたに違いない。長い時間をかけて、一生付き合っていく自分の心身を丁寧に磨いてきた結果なのかも。そう考えたら、その美しさの素地は一朝一夕に得られるものじゃない。

 

そんなわけで私も、当面は髪を傷めない天然成分を選んで白髪染めをし、心と体を鍛えながら、いつかやってくる還暦の日を心のどこかで楽しみにしている。

 

※画像リンク

https://joshi-spa.jp/522598/2

http://otona-stylemag.com/posts/magazine/18374.html

http://siragamaster.com/category4/entry91.html

http://france33.exblog.jp/23105203/

http://beauty-air.jp/not-coloring

http://dosuru40.com/concierge-san/17408/

意味なんてない

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手術から数週間が経った。体はすっかり元どおり、とまではいかないけれど、あんなに苦しんだ悪阻は手術当日にパタッとなくなって、術後の痛みも数日で消えた。表面上はまるで何事もなかったかのように、以前の生活に戻っている。

変わったことと言えば、私の体が回復していくのと反比例して、普段は風邪もひかない夫が珍しく10日近くも寝込んだ。おかげで私は余計なことを考える時間もなく、夫の高熱を下げることに意識を集中させることができた。夫は夫なりに、私が想像する以上の苦しみを抱えていたんだと今更ながら気づかされた。そのあとは、締切間近の仕事や論文執筆を粛々とこなしながら、なるべく暇を作らないように過ごしてきた。

日常生活で少し困ったのは、涙腺がコントロール不能になったこと。車に乗っているとき、洗濯物を干しているとき、眠りにつこうと目を閉じたとき、何か思い詰めて考えているわけでもないのに、突然ダーっと涙が流れるのを制御できない。泣き尽くしてしまえば解決するんじゃないかと思ったりしたけど、感情を出しきったままにしたら自分はどうなってしまうのか想像がつかなくて怖かったから、とにかく考えないように努めている。

この結果が誰のせいでもないことは、わかっている。統計的に誰にでも起こりうることで、それがたまたま自分に起こったというだけのこと。別に珍しいことでもなんでもないし、そこに意味なんてない。そう思っても、以前の自分に戻れない。すべてが満ち足りて完全だと思えた暮らしに、不足を感じる。そのことに、追い詰められる。

自分でコントロールできないことに遭遇したとき、そのことに何らかの意味を見出したくなるけれど、理由のないことを淡々と受け入れて生きていくしかないときがある。そんなときは、悲しみはそのままに、涙は流れるままにして、できるだけ明るくいた方がいい。泣いても笑っても同じように時間が流れるなら、笑っていたほうがいい。

世界は別に私のためにあるわけじゃない。だから、嫌なことがめぐってくる率は決して変わらない。自分では決められない。だから他のことはきっぱりと、むちゃくちゃ明るくした方がいい。

吉本ばなな『キッチン』)

少なくとも私たちには、もっとも辛いそのときに、笑う自由がある。もっとも辛い状況の真っただ中でさえ、そこに縛られない自由がある。

(岸政彦『断片的なものの社会学』)

キッチン (角川文庫) 断片的なものの社会学

 

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宿った命のこと

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人前で泣いたのは、何年ぶりだろう。ここでは泣かない、泣くとしても家に帰ってからだ、と思っていたのに、診察室を出て待合室に座った途端、気が緩んで目の前が見えなくなった。とにかく早く病院を立ち去りたかったけれど、たくさんの乳幼児や妊婦さんに囲まれて、長い会計待ちをしなければならなかった。

みんなどうして子どもを授かることができるんだろう。2人も3人も次々と産める人って何なんだろう。湧いてくる暗い感情を押し留めるために、心を無にしてずっと窓の外を見ていた。ひどい顔をしていたと思う。マスクをしてきて良かったとぼんやり思った。

 

いつの間に自分は、こんなに子どもを欲するようになったのか。いつからこんな風に、コントロールできないものに期待して、自分を見失うような人間になったのか。実際のところ胎嚢が確認できただけで、心拍もまだ聞こえてなかったし、最後までその姿を確認することができなかったから、喪失感なんて言ったら大袈裟なような気がした。それよりも、自分はもっと利己的な理由で悲しんでいるように思えた。

仕事を休んでいる今のうちに出産して、早く再就職を決めたい。せっかくなら、出産・育児の経験を今後のキャリアに生かしたい。夫の親戚家族と過ごすとき、義兄弟の子供たちに囲まれて肩身の狭い思いをしたくない。子どもを授かることができれば、いろんなことが上手くいくのに。迷いなく自分の人生を前進させることができるのに。そんな自分本位な未来が手に入りそうになって浮かれていた。それがすべて振り出しに戻ってしまったから、落胆しているだけじゃないのか。おもちゃが手に入らなくて泣き叫ぶ子どもと、大差ないんじゃないか。そんな傲慢な考えだから、こういう結果を引き寄せたんじゃないのか。宿った命は、自分の人生を豊かにするためのパーツではなかったのに。この奇跡は、本当に尊いものだったのに。

妊娠がわかってからこのひと月、体調が悪いせいもあるけれど、今は大事な時期だからと自分に言い訳して、研究も仕事もそっちのけだった。その命を失って、残されたのは何も手につかなかった空白の1ヶ月だった。やらなければならないことが山積みのまま、放置されていた。自分の人生を生きるために必要なあれこれをすべて放り出して、赤ちゃんのことしか考えられなくなるくらい完全に我を失ってしまった。そんな自分が信じられない。

まぎれもなく、妊娠が分かったあの日から私は母になった。愚かでも、まだ見ぬ姿を思い浮かべて、お腹をさすっているだけで心が満ち足りた。これから先の暮らしを想像するだけで胸がいっぱいになった。心拍が聞こえるんじゃないかと、毎晩私のお腹に耳を押し当てる夫が愛しかった。本当に毎日、幸せだった。

 

手術の日も、きっと涙を止めることができないと思う。退院しても、悲しみはきっと消えてくれないだろう。でも手術を終えて家に帰ったら、泣きながらでいいから、自分のやるべきことを淡々と前に進めていこう。人知の及ばない未来に希望を託すのはやめて、もういちど自分の力の及ぶ範囲で最大限努力しよう。子どものためじゃなく、家族のためじゃなく、自分自身のために着実に歩んでいくことが、愛する人たちのためになると信じて。そう考える以外に、今はまだ自分を保つ方法が見つからない。

 

※冒頭画像:https://unsplash.com/photos/34w3deK2DvY

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