しなやかであること。
宮田珠己『わたしの旅に何をする。』
なんとも力の抜けた、ゆる~い作家。それが宮田珠己。
彼を知るきっかけとなったのが、この1冊。
当時、日々の仕事に悶々としていた私は、冒頭の文章に引き寄せられた。
「私はついこの間までサラリーマンであった。結局退職したのだが、ええぃ会社なんか今すぐ辞めてやる、そうだ、今すぐにだ、という強い信念を十年近く持ち続けた意志の堅さが自慢である。」
そして文章はこう続く。
「サラリーマン時代の私は、年三回の大型連休には必ず有給をくっつけてぐいぐい引き延ばし、いつも海外旅行にばかり出かけては、上司に『たいした根性だ』とスポーツマンのようによく褒められた。幸運にも私の上司はできた人で、私がいくら休もうが黙って旅行に行かせてくれた。帰ってきてお土産を渡しても廊下で挨拶してもまだ黙っていたほどだ。」
こんなに潔くすっとぼけられたら、上司も黙っているしかなかっただろうと推測してしまう。
著者が9年と3か月つとめた会社をやめた理由は、旅に出るため。
したがって旅行エッセイが多いのだが、その題材の幅は年々広がっている。
日本じゅうの巨大仏を見にいく「巨大仏旅行」を敢行したり、四国八十八か所のお遍路を「だいたい」という適当な感覚で回ったり、大好きなジェットコースターに乗りすぎていつの間にかジェットコースター評論家と呼ばれるまでになったり、風呂嫌いなのに温泉旅館の迷路にハマったり、何の変哲もないけど何となくいい感じの石を探して海岸をさまよったり、その行動は予想外の方向に展開している。
彼の独自の視点と脱力感あふれる文体にハマった私は、ほとんどすべての本を購入し、今では新刊を心待ちにしている。
数ある作品の中でもこの1冊は、フリーランスとしての暮らしを得るまでの「苦悩」が垣間見えるところがいい。その深刻さを感じさせないよう計算された「脱力感」がある。そこに、心癒される。すっとぼけていて、理知的で。「しなやかさ」とは、こういうことかと感じさせられる。
この本について筆者は、あとがきでこう記している。
「こうして1冊にまとめてみると、結果的に『たいした将来の見通しもなく会社を辞め、とりあえず旅行しまくりたいと考えた浅薄なサラリーマンのその後』といった展開にもなっている。もちろんまだ何の結果も結論も出ていないので現在進行形だけれども、自分の未来がわからないのは案外いいものだ、と最近は思う。このさき四十年もこうして働くのかと暗澹たる気持ちで高い給料をもらっていた頃よりも、来年のこともどうなるかわからないし、収入だってその頃の何分の一もない今のほうがよほど愉快である。」
こう言い切った著者の、現在進行形の姿を見たいから、 私は新刊をかかさず読むのかもしれない。