LIFE SHIFT

三十歳の原点~LIFE SHIFT~

社会人大学院生の日記。新たな働き方を模索中。

信じること。

ようこそ地球さん (新潮文庫)

星新一『ようこそ地球さん』。

星新一ショートショートの中でも、強烈に記憶にのこる作品。

それが、この本の最後に収録されている「殉教」です。

※あらすじ(ネタバレあり)

死者と通信できる機械が、ある研究者により開発された。その発表の場で、彼はとつぜん自殺する。すると、機械から彼の声が聞こえてくる。彼は、死後の世界の素晴らしさについて語りだす。最初は疑っていた観客たちだが、一人また一人と機械の前に立ち、死者を呼び出して会話する者が現れる。死者との対話により、死後の世界の素晴らしさを確信した人々は、次々と喜んでみずから死を選んでいく。機械の後ろには遺体の列が、反対側には順番を待つ人の列が並ぶ。さらにニュースでこれを知った世界じゅうの人が、続々とつめかけ列に加わる。  そして。 静まりかえった世界で、1台のブルドーザーが動いている。一人の男性が膨大な数の遺体を処理している。

 

この話は、とても異様でショッキングな内容です。静寂のなかで粛々と、秩序だって行われる自殺なんて、現実にはあり得ない。それなのに、これほどリアルに感じられるのは、なぜでしょう。

「人間というものは、なんのために生きているのだろう。この答えが出たのだった。つまり、死の恐怖だけで支えられていたらしい。文明の進歩は、未知にもとづく恐怖をつぎつぎに消し、死こそ最後に残された、ただ一つの、最大の恐怖だった。」

生と死は紙一重で、ぎりぎりのところで死に転じたり生に転じたりする。それでも生きたいと願うのは、多くの人にとって、死が怖いものだから。

死の恐怖がなくなった世界では、医者は医療などせず、法律も脅しも利かなくなり、お金儲けしても金の使い道がなくなって、宗教も無力で、政府がこの機械を禁じようとしても無意味な世界になっています。なぜなら「かつて最も有力だった、“死”という脅しが無力となったのだから。」と著者は表現します。

 

この話のラストで、ブルドーザーを運転する男性は、生き残りの女性を見つけます。二人はなぜ生き残ったのか?

「生き残りのなかまたち。それは宗教はもちろん、科学も、人間も、自分自身も、死も信ずることができないなかまたちだ。」

つまり、死んでいった者たちは、死後の世界を、死者の言葉を、信じることができた者たち。しかし生き残ったのは、それらを信じられなかっただけでなく、自分の判断も、自分自身も信じることができなかった者たちだ、としています。

どちらが劣っているか幸福かは、わからない。少なくとも、生き残った人たちがこれから新しい社会を作っていくことになる、というエンディングになっています。

 

本のなかでは、死への恐怖がなくなれば(信じることができない人を除いて)みな死を選ぶという筋書きになっています。でも私は「死への恐怖がなくなってもなお、生きることを選ぶ理由はある」と信じています。この作品を通じて、自分にとっての「生きることを選ぶ理由」は何か、改めて考えさせられます。

 

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