LIFE SHIFT

三十歳の原点~LIFE SHIFT~

社会人大学院生の日記。新たな働き方を模索中。

親自身の世界を広げ続けることが、子どもの可能性を広げる

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年末年始は、夫の実家で夫の親戚たちと過ごした。総勢20人ほど集まって、それは賑やかな年越しだった。親戚には以前も会っているのだが、会うたびに子どもが増えている。5歳児が走り回り、1歳児と2歳児がおもちゃを取り合って叫び、生まれたての新生児が泣く。ふだん子供と接する機会がないから、それぞれの子どもの違いが如実に見て取れて、いろいろと思うところがあった。

個性か、環境か

親戚に、両親共働きで小さいころから保育園に預けられて育った子ども(1歳男児)と、専業主婦が(保育所に預けずに)家で育てている子供(2歳男児)がいた。親戚が大勢集まって慣れない環境だったにも関わらず、前者の保育園育ちの1歳児は基本的に座って食事をし(動き回ることはあっても、また戻ってきて座って食事した)、両親が注意すれば反応を示し、叱られればちゃんと怒られた顔をした。一方、後者の2歳児は、動き回るのを親がスプーンをもって追いかけ、座って食事することが全くできなかった。注意してもあまり聞いておらず、一人遊びに熱中するばかりだった。

これに対し、「小さいうちからダメなことはダメと教えないといけないよ」とか「叱らないと、親のことを舐めてしまって言うことを聞かないよ」とか、周囲の親戚たちがいろいろと助言していた。後者の母親は、夫の転勤に付いて引越を重ねながら、実家から遠く離れた場所で専業主婦となって子どもを育てているので、こういった助言を有難がってよく聞いていた。

現時点において、この2人の子供の違いは、とりたてて問題視することではないのだろう。そもそも個性が違うし、保育所に預ければ良いしつけができて社会性が身につく、といった単純な話ではない。まずは両親がきちんと子育てをすることが大前提である。でも、多くの人間が関わって子育てしていくことの重要性が、何となく認識させられる場面だった。そのことは、私の今後の人生設計にも影響を及ぼしそうだ。

これまでのプラン

私たち夫婦には、まだ子どもがいない。年齢的にも今後のライフプラン的にも、そろそろ欲しい気持ちもある。いま私はフルタイムの仕事をしていないし、子どもが小さいうちは保育所に預けずに出来る限り自分で育てたいから、今なら絶好のタイミングなんだけれど、なかなかうまくいかない。といって、新しい仕事を見つけてしまってからすぐ妊娠となると、それはそれで大変だ。やっぱり出産してから再就職を考えるのがスムーズなんだけど、でもできない。このままだと出産が遅れるだけでなく、再就職もどんどん後ろ倒しになって、年を重ねるほど就職に不利になるのに。そんな気持ちばかり募って、現実が追い付いてこない。

そもそも保育所に預けずに自分で育てたいと思ったのは、乳児期に親の愛情をしっかりと受けることが、子どもの人格形成にとって重要と言われているからだ。少なくとも2歳くらいまでは自分で育てて、その後に子どもの状態を見ながら預け先を探していこうと、これまでは考えていた。

・幼い子供は、たいていの物質的な環境はそのまま受け入れ、適応する。子供にとって重要な環境とは、いうまでもなく愛情と保護である。その中で子どもは、自分が安全に守られた存在であり、より大きな存在としっかりつながっているということを、体と心で身に着けるのである。この人格形成のもっとも根幹となる過程は、およそ満2歳までに行われる

・乳児期が終息に近づき、よちよち歩きを始めた頃から、子供は次の段階を迎える、およそ1歳半から3歳までの期間だ。この間に、子供たちは徐々に、母親から分離を成し遂げる。この分離がスムーズにいくためには、母親が、子供を見守り、その欲求をほどよく満たしつつ、同時に徐々に自分の手から放していかなければならない、この母子分離の過程が、あまりに急速過ぎたり、逆に母親が手放すのを躊躇したりすると、分離固体化の課程に支障をきたす。

岡田尊司「パーソナリティ障害」)

親が社会とどう関わって生きているのかを、子どもは見ている

これまでのプランどおり、保育園に預けずに家で1:1の子育てをしたらどうなるか。親戚の子どもたちを見ていて改めて考えた。

孤独な環境を愛する性格であるうえ、知人のいない土地に引っ越してきたばかりの身としては、おそらく1:1でじっくり子どもに向き合う濃密な時間と引き換えに、社会から子どもを切り離してしまうのではないか。場合によっては、偏った独断的な子育てをしまう可能性もある。なんでも相談できる母親はもう亡くなってしまったし、実家も義理の両親も遠く離れた場所に住んでいて、年に数回は会うだろうけれど日常的に関わってもらうことは難しい。

つまり、私自身が積極的に社会と関わっていかない限り、子どもと社会との接点が制限されてしまう可能性が高い。「一人が好きだ」という私自身の性格の問題で、子どもと社会の間に見えない壁を作るようなことは望まないのに。保育園に預けず自分で育てようと思ったのは、それが子供の成長にとって最善の方法だからであって、自分のエゴのためではない。

子育てには、他人の目が必要だ。たくさんの人に関わってもらう環境が必要だ。それには、ママ友を作るのでもいいし自治体の子育て支援メニューを活用するのでもいいかもしれないけれど、やっぱり私は働きたい。働くことで、社会との接点を増やしたい。親自身が自分の世界を広げ続けることが、子どもの世界を、子どもの可能性を、広げていくことにつながると信じたい。親が社会とどう関わって生きているかを、きっと子どもは見ている。結局のところ、親が満足のいく生き方をすることが子供のためになるのではないか。

 

そんなことを悶々と考えながら、2017年を迎えた。まだ答えは出ないけれど、ぼちぼち本気で仕事を探してみようと思っている。