LIFE SHIFT

三十歳の原点~LIFE SHIFT~

社会人大学院生の日記。新たな働き方を模索中。

投票に行くことの意味〜アウシュビッツ収容所で考えたこと

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第一収容所 集団絞首台

アウシュビッツ収容所を訪問して、いくつか考えたことを何回かに分けてまとめます。

これまでの記事はこちらをどうぞ。

あなたにとって投票する意味は何か

18歳選挙権が認められるようになった。そうして投票できる人の母数が増えても、投票率は低いままだ。政治に関心がないとか、投票したい候補者がいないとか、行くのが面倒だからという理由が多いらしい。確かに、と思う。似たような思いを抱いたことがない人はいないんじゃないだろうか。

あなたにとって、投票に行く理由は何か。そう聞かれたら、答えはきっと千差万別だ。私自身も、投票に行くことの意味を自分なりに持っている。それは、数年前にアウシュビッツ収容所を訪ねたことから大きな影響を受けている。

ユダヤ人大虐殺の責任は誰にあるのか

なぜ、あのような大量虐殺の悲劇が起きたのか。その責任は誰にあるのか。ヒトラーのような人間が、なぜ一国の独裁者になることができたのか。

アウシュビッツ収容所を訪れる前の私は、ヒトラーのような人間が現れてしまったことこそが悲劇の始まりで、その責任は、ヒトラーと彼を選んだ当時のドイツ国民にある、という理解を持ってきた。

しかし史実をひもといていくと、実は当時のドイツで、ナチスに積極的に賛成していた人々は当初33%しかいなかったことがわかっている(「ヒトラーとナチ・ドイツ」より)。この33%は言うまでもなく無知な差別主義者であり、あの悲劇の責任の一端を担っている。しかし重要なのは、残りの7割だ。彼らは何をしていたのか。

当時ドイツは、第一次世界大戦で敗戦し多額の賠償金支払が課せられ、経済的に困窮していた。これが内向きの政治情勢に拍車をかけ、この時勢を捉えた数々の政策を打ち出したナチスが、最終的に過半数の賛成票を得て第1党となった経緯がある。つまり、残りの7割のうち、(一部はナチスに反対する人々であったが)多くは時代の空気に流された人々や、無関心な傍観者だったというのだ。

この人類史上最悪の歴史は、ヒトラーひとりが起こしたんじゃない。ナチスを選んだ33%の無知な差別主義者はもちろんのこと、時代の空気に流されて思考停止してしまった人々や、その他大勢の無関心な傍観者たちに、責任がある。

無関心な傍観者として、悲劇に加担しないために

このことを知ったとき、自分にとってこれが投票に行く理由だ、と感じた。

たった一票で何かが変わるとは思っていない。正直、投票所に足を運ぶのは面倒だ。毎回誰に投票すべきかとても悩むから、投票日が近づくと少し憂鬱になる。立候補者について完璧な情報を持ちえない上に、自分の考えと100%一致する候補者なんていないし、掲げられたマニフェストの是非を判断しきれないときもある。

それでも、誰かを選ばなければならない。無関心な傍観者にならないことが、まずは自分にできる最低限のことだと、歴史に学んだからだ。この一票を投じなかったら、そのことで将来起こりうる悲劇に対して、私は責任を取らねばならないと思う。時代の空気に流されて、よく考えもせずに何となく投じてしまった一票によって、知らず知らずとんでもない悲劇に加担してしまうかもしれない。思考停止してしまった自分にも、責任があると感じるからだ。

だから、私は必ず投票に行く。投票すべき候補者が見つからなかったら、この人だけは絶対に当選させたくない、という理由で他の候補者に投じることも厭わない。それもまた「この人を支持しない」という意思の表明になる。その積み重ねが、将来起こりうる悲劇を防ぐための、自分にできる唯一の行動だと信じている。

戦後生まれの世代に課せられた責任とは

アウシュビッツ収容所には、今も世界中から多くの訪問者が訪れる。特に欧州諸国では、中高生の頃に学校のプログラムの一貫として訪れることが多いらしい。そこでは、被害者であるユダヤ人と加害者であるドイツ人の子孫たちが、同じ場所でともに学ぶこともある。自分たちの祖父母世代がしたこと、されたことを突き付けられて、打ちひしがれる生徒も多いという。

ツアーガイドの言葉が、今も強烈に胸に残っている。

戦後生まれの人たちに、あの戦争の責任はない。しかし、将来同じ過ちを繰り返さないという、将来に対する責任があることを忘れてはいけない。

この言葉が、あらゆる場面で私の原動力になっている。将来世代に対する責任を果たすために、私は、この一票を放棄してはいけないのだと思う。

投票する意味を考える参考図書

「空気」の研究 (文春文庫) ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)